2009'01.11 (Sun) 21:55
今まで数回行って来た湯浅。
ここも知らない間に重伝建に指定されていた。
例によって文化庁のHPから指定理由の抜粋。
湯浅町湯浅
選定基準: (二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
選定年月日: 2006.12.19(平成18.12.19)
解説:湯浅の醤油醸造は、中世に始まり紀州藩の保護を受けて全国に販路を広げ,代表的な産物となった。湯浅町湯浅地区は醤油醸造など商工業を中心に発展した町であり,近世期の地割を残すとともに,近世から近代にかけての瓦葺町家と土蔵等で構成される重厚な歴史的風致をよく伝えている。
御坊から車で北上している間も、本瓦葺きの民家が数多く見られます。
何カ所かの重伝建地区を見て回ると、観光がメインになっている通りと、それ以外の通りとに分れますね。
篠山(兵庫県)なら河原町妻入商家群であったり、小浜(福井県)での三丁町であったり。
旧街道に面した場所は、比較的多く古い街並みが残っているのかも知れません。
ここ湯浅も、観光にし易い線が一本ありました。
それが角長(醤油屋)のある北町通りです。

コチラは裏にあたる大仙堀のある通り。
堀に面した場所で、かつてはここから小舟に荷物を移し、そこから沖合に停泊している船に積み替えていた。

別の日に撮した大仙堀。
江戸時代に作られたと見られているお堀で、左手の道路がかつての線路跡。
昭和30年代頃から線路が道路に切り替えられている。

コチラが本来はメインですね(^^;)
どうにも消えゆく街並みに興味を持ち始めるとメジャーな観光部分よりも外れた場所に目が付きます。
湯浅醤油・角長のHPです
今回初めて知りましたが、湯浅の重伝建には、旧熊野街道は指定されていませんでした。
ちょっと意外ですよね。
こういう場合は、旧街道に面した場所も範囲指定して貰って、二つのウリを持った方が得な気がするんやけど。
それでは、目に付いた古い街並みの風景です。
もしかしたら、ココをご覧の方にも似た風景の思い出があるかも知れないですね(^^)/




写真の中に格子に何個か変なモノが付いているのが見えますね。
その中には、お猪口などの生活雑貨が飾られていました。
街角の小さな美術館って感じなんですけど、『せいろミュージアム』と言うそうです。
個人的にこう言うのは好きなので、全体に拡がっていって欲しいと思います。
どうやら、この湯浅町で頑張っているのはグリーンソサエティと言う団体の様です。
この団体が取り組んでいる中に、町屋の再生事業がありました。
『湯浅おもちゃ博物館』と言う建物を古民家再生によって造り出そうとしています。
どの様な展示物になるか分かりませんが、出来るだけ地域の情報が分かる博物館にして欲しいと思います。
右下の写真は、見ての通り、お風呂屋さん(^^;)
レンガ積みの上部が綺麗です。
それにしても本当に、この周辺では、本瓦葺きの民家が多いですね。
重伝建に指定されている範囲です。

見る度に思うんやけど、範囲から外れた(外された or 外させた?)家にも、古い街並みを形成する素敵な家があると思うんや。
他にも、今現在は今風の家やけど、次の建て替えで景観に調和した家を造ろうと思っていた人もおったかも知れないんよね。
ある程度は指定の範囲を絞らないとアカンのは分かる。
けど、範囲からたった一軒分外れただけで一切助成金を出さないのも、少し勿体ない気がしますねん。
どうせなら、範囲内に出す助成金を100とするなら、距離毎に75・50・25%ずつとかで出してみるのも手じゃないやろうか。
その辺があまりにもデジタルな気がする。
0 or 100じゃなくてもエエんちゃうかな?
最後に、いかにも重伝建に指定されている場所って感じの光景。
ここも知らない間に重伝建に指定されていた。
例によって文化庁のHPから指定理由の抜粋。
湯浅町湯浅
選定基準: (二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
選定年月日: 2006.12.19(平成18.12.19)
解説:湯浅の醤油醸造は、中世に始まり紀州藩の保護を受けて全国に販路を広げ,代表的な産物となった。湯浅町湯浅地区は醤油醸造など商工業を中心に発展した町であり,近世期の地割を残すとともに,近世から近代にかけての瓦葺町家と土蔵等で構成される重厚な歴史的風致をよく伝えている。
御坊から車で北上している間も、本瓦葺きの民家が数多く見られます。
何カ所かの重伝建地区を見て回ると、観光がメインになっている通りと、それ以外の通りとに分れますね。
篠山(兵庫県)なら河原町妻入商家群であったり、小浜(福井県)での三丁町であったり。
旧街道に面した場所は、比較的多く古い街並みが残っているのかも知れません。
ここ湯浅も、観光にし易い線が一本ありました。
それが角長(醤油屋)のある北町通りです。

コチラは裏にあたる大仙堀のある通り。
堀に面した場所で、かつてはここから小舟に荷物を移し、そこから沖合に停泊している船に積み替えていた。

別の日に撮した大仙堀。
江戸時代に作られたと見られているお堀で、左手の道路がかつての線路跡。
昭和30年代頃から線路が道路に切り替えられている。

コチラが本来はメインですね(^^;)
どうにも消えゆく街並みに興味を持ち始めるとメジャーな観光部分よりも外れた場所に目が付きます。
湯浅醤油・角長のHPです
今回初めて知りましたが、湯浅の重伝建には、旧熊野街道は指定されていませんでした。
ちょっと意外ですよね。
こういう場合は、旧街道に面した場所も範囲指定して貰って、二つのウリを持った方が得な気がするんやけど。
それでは、目に付いた古い街並みの風景です。
もしかしたら、ココをご覧の方にも似た風景の思い出があるかも知れないですね(^^)/




写真の中に格子に何個か変なモノが付いているのが見えますね。
その中には、お猪口などの生活雑貨が飾られていました。
街角の小さな美術館って感じなんですけど、『せいろミュージアム』と言うそうです。
個人的にこう言うのは好きなので、全体に拡がっていって欲しいと思います。
どうやら、この湯浅町で頑張っているのはグリーンソサエティと言う団体の様です。
この団体が取り組んでいる中に、町屋の再生事業がありました。
『湯浅おもちゃ博物館』と言う建物を古民家再生によって造り出そうとしています。
どの様な展示物になるか分かりませんが、出来るだけ地域の情報が分かる博物館にして欲しいと思います。
右下の写真は、見ての通り、お風呂屋さん(^^;)
レンガ積みの上部が綺麗です。
それにしても本当に、この周辺では、本瓦葺きの民家が多いですね。
重伝建に指定されている範囲です。

見る度に思うんやけど、範囲から外れた(外された or 外させた?)家にも、古い街並みを形成する素敵な家があると思うんや。
他にも、今現在は今風の家やけど、次の建て替えで景観に調和した家を造ろうと思っていた人もおったかも知れないんよね。
ある程度は指定の範囲を絞らないとアカンのは分かる。
けど、範囲からたった一軒分外れただけで一切助成金を出さないのも、少し勿体ない気がしますねん。
どうせなら、範囲内に出す助成金を100とするなら、距離毎に75・50・25%ずつとかで出してみるのも手じゃないやろうか。
その辺があまりにもデジタルな気がする。
0 or 100じゃなくてもエエんちゃうかな?
最後に、いかにも重伝建に指定されている場所って感じの光景。
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